fc2ブログ

強く儚い者 8


8 脆さ


どちらからとなく、二人は歩みを進めた。
何も言葉にする事もなくー。




暫くして。

「 ……ごめんね 」

隣を見上げる黒の瞳。

「 キュウゾウに、怒鳴ってしまって… ごめんね 」

小さくはあったが、いつものアカツキの謝り声。


それに応える紅の瞳には、読み取る事の難しい色が浮かんでいた。
先程の氣を放っていたものとは違う。
どこか納得のいかない時の、キュウゾウの眼だ。


困ったような笑顔を、アカツキはキュウゾウに向ける。

今、自分は、何が出来るのだろう。何が言えるのだろう。
キュウゾウに、何を。 ……伝えれば良いのだろう。
そんな眼を、させたくなんかないのに…。
あんな氣を、起こさせたくなんか、なかったのに……。




あの氣には、人に何かを為そうなど、ましてや殺気など、感じられなかった。全く。
キュウゾウが本気で放ったものなら。 それを直接、向けられでもしたら。
どんな種のものであろうと、もっと肌を、空気を、凝縮させるような刺激がある。
殺気のような、そんな物騒な気を、自身に向けられた事は無かったけれど、
刀を振るう時、手合う時。 斬り合う時、相手を斬殺する時。
そんな時のキュウゾウなら、知っている。
心地の良い、静かな優しい気を放つ時。
そんな時のキュウゾウなら。 アカツキは、よく、知っている。

あれは…、無意識の気の放射。 そんな感じだった。
とても複雑な波と、混ざった色が感じられた。

制止の声と共に振り向いた先に在った、火の紅の瞳からは。
明確な意思など読み取る事は出来なかったけれど。
激しくも静かな怒りと、胸が締め付けられるような痛みと、沈む哀しさが見えた。

傍に居た少年にとっては、あの日常には存在しない異質な波動は、
唯、恐怖と圧迫を差し向けられたと感じるものであったのだろう。
だが、それは。確実に。
アカツキへと。 向けられたものだった。




  あれは、自分の気の所為なんかでは、きっと無い…。


それは。 アカツキの中の、確信。


  こんな時、ヒョーゴなら。
  どう、キュウゾウと向き合う……?


それは。 アカツキの中の、脆さ。



スポンサーサイト



   |  強く儚い者 [中]  | Top↑

強く儚い者 9


9 密情


アカツキのこころには、自身の事など無かった。
去った少年の胸中と。 そしてー。
目の前の、火の紅の瞳。




「 …… 何故、何も言わなかった 」

己の事を、確信に触れる言葉を、避けようとするアカツキに。
キュウゾウが真っ直ぐに問う。

「言ったよ。『そうかもしれない』って」

「そうではない」

間髪入れず返された、強い声。


問うキュウゾウにも、何を指して言っているのか、自分でもよく解ってはいなかった。
時折アカツキに感じる違和感。
それが今また、胸をもたげ始めている。


あの少年の事など、キュウゾウの眼中には無かった。
取るに足らぬ雑輩だ。
下らぬ意識を纏った臆病者の、見え透いた自己弁護と茶番。
それが現状の引き金となったにしても、あの者の存在など、関係は無い。

アカツキの喚び声で、初めてキュウゾウは、自分が氣を発していた事に気付いた。
無意識のうちに起こしていたのだろう。
だが、それが何に対してのものだったのか。何を感じてのものだったのか。
今でも解らない。


 …… アカツキの有り様に、何か…。 感じたのか……。




自分が同じような状況に置かれても、相手に告げる言葉など有りはしない。
そんなものに意味など無い。
煽てられようが、泣きつかれようが。 貶されようが、脅されようが。
そんな事に構ってなどいられない。
常に無関心。 無表情での拒絶。 冷酷に。冷徹に。

そんなキュウゾウが、アカツキの在り方には、釈然とせぬものを感じた。
ひとこと零したとは言え、アカツキは、自分と似たような振る舞いを見せていた。
何かを言われたから、されたからといって、動じてはいなかった。
ましてや、キュウゾウに、助力を求めようともしてはいない。
なのに…。


 あの、ひとことを聴いた瞬間ー。






それは。
相手と己とが、おなじではなく。
ひとりずつ、別の人間なのだと。
己の中の、相手の存在が、絶対的価値なのだと。
そう気付いた時に生まれる、密やかな感情。


   |  強く儚い者 [中]  | Top↑

強く儚い者 10


10 敗因


「ねぇ、キュウゾウ。もしかして…怒ってる、よね……?」

もしかして、なんてものではなく。
明らかに…。キュウゾウは怒っていた。
瞳を覗きこまなくとも。 表情が、声が、漂う気が、それを示している。
そして……。怒りの他にも、もっと別の感情が、見えた。


アカツキの言葉に、キュウゾウは、何も返してこない。
多分、きっと…。 自分でも解っていないのだろう。
一体、何に。どう、感じているのか。はっきりとはー。



「 …… 何故、何も言わなかった 」

また、同じ問い掛けをされた。
今度は、さっきのような答えでは済まされない。
此処には、ヒョーゴは、…いない。
自分で、ちゃんと。 伝えなければ…。


「あのコの…。彼の言う通りだったから」






少年の言った事は間違いでは無かった。
彼の完敗だった。
決勝でのアカツキの動きは、普段、学舎で見せるものではなかった。

その所作で。 常に帯刀する、その刀で。
人を、斬る。 人の赤い血を、浴びる。

容易くというのなら。
その瞬間のアカツキには、迷いなど、無い。
だから、きっと。 そうなのだろう。

無心かどうかはー。
言葉を以て言えば、これも間違いではない。
だが。少年の思うところとは、別の相違があるかもしれない。

少年の意味する『無心』と。
斬る者が抱える『無心』と。
アカツキの持つ『無心』とー。
其処には、大きな差異が、存在する。


命を奪う事。
それは……。




そんなアカツキを、少年が目撃したというのも、本当だろう。
未だ人を斬った事の無い彼にとっては、奇異なものとして、眼に映ったに違いない。
同年代の、自分よりも身体の小さい少女であるアカツキが。
人の肉を斬り、骨を断つ。 そんな、おぞましい感触を、既に知っている…。
そんなものを見て、脳裏に焼き付いて。
一度は忘れようとしたとしても、無かった事として誰にも言わずにいたとしても。
いざ対峙すれば、……嫌でも浮かんで来る。

 真剣を振るう、アカツキ。
 その動き、その色。
 表情の無い、表情。

恐怖を通り越した、得体の知れない感情。
自分の身に懸かる、期待。 胸に在る、意気。
じわじわと競り起こる、心の葛藤。

そんな彼を飛び越すように、アカツキは奔った。
そして、少年は敗れる。






   それは、何の所為?  誰の、所為?


   強く在る事は、いけない事?
   強さを求める事は……。


   何かにとって。 誰かにとって。  ……… 悪い事にもなるの?




   |  強く儚い者 [中]  | Top↑

強く儚い者 11


11 正眼


「あのコの…。彼の言う通りだったから」

そう返されてしまっては、キュウゾウの次の言葉も消される。


確かに、少年の見たものは真実だ。

だがー。
彼が感じたものは、思ったことは…。




「……解せん」

いつの間にか、二人は立ち止まっていた。
何処を見ているのか分からない眼で、キュウゾウが目の前の宙を見据え、呟く。
そして。

「アカツキ、跳べ」

細い顎で、上方を指し示す。

其処は、今は使用されていない建物の上部。
廃墟となった建築物からは壁の部分が剥がれ落ち、内部の荒れた様子が窺えた。

言われるままアカツキは、上階へ向かって跳んだ。
やや垂直に近い跳躍だったが、今のアカツキには軽くこなせる距離だった。
何処までとは聞いていなくとも、当然のように、足場を変えて最上階を目指す。
遅れてキュウゾウも、華麗に見事に、飛んだ。






見渡す景色を前に、アカツキは佇む。
薄く聴こえる、多くの音。
それを追って、耳を澄ませた。

屋敷の塔には遠く及ばない高さではあったが、街を近くで見下ろす風景は。
自分の今居る場所を、世界を。 改めて冷静に感じさせてくれる。

コンビナートタワーに吹く風には遥か及ばない疾さではあったが、髪を靡かす流れは。
自分に今在る時間を、刻を。 緩く穏やかに、けれど留まりもせずに持ち去ってゆく。


  空が、近い……。


自分も、キュウゾウも。 いつでも、どこに居ても。
高い処が好きだ。
空の在る処がー。


  抜けるように高く広がる空。


いま、この場所で……。


ちゃんと、向き合おうと、アカツキは思った。
キュウゾウが納得のいく言葉なんて知らないけれど。
ちゃんと自分の言葉を伝えようと思った。

( キュウゾウには伝わらないかもしれない )

そんなふうに思う前に。 そんなふうに考えてしまわないで。
キュウゾウと。自分に。 向き合おうと、思った。



「 キュウゾウ。…何が、解らない? 」

近くに在る気配を、聴く。
傍に在る眼差しを、映す。



  低い静かな声は、特別な響きで自分を呼んでくれる。
  火の紅の瞳は… 真っ直ぐに自分を映してくれている。


   |  強く儚い者 [中]  | Top↑

強く儚い者 12


12 潜る


「 何が、解らない? 」

アカツキの問い掛けに。

「 すべて 」

キュウゾウが応える。

短い、けれども意思の籠った、静かな低い声。
言葉でしか伝わらないものを、待つ紅の双瞳。


緊迫するような状況の筈なのに、何故か落ち着いた気分になっているのを、
アカツキは感じた。
不安の中に、期待が。 恐さの先に、出口が。 …そんなものが、あるかのような…。

キュウゾウが、言葉を待ってくれている。
小さな自分が、何処かから見つめている。






「 何から…話せば良いのかな… 」

首を傾げて、そっとアカツキは笑みを見せた。
ゆっくりと目蓋を閉じる静かな瞬きと共に。


「 あのコの…。彼の言った事、あまり気にしないで。私は大丈夫だからー 」

いちばん最初に、伝えられた言葉。


あのような者の事など、意としていない。
お前の事を、案じてなどいない。
お前は、そんな事に動じる奴ではない。
そんな弱い人間では、ない。

そう思っていたキュウゾウが、アカツキの声と表情に、思い弛む己を知る。
自分は、気にしていたのかと。
いちど気付いてしまうと、刹那の安堵感など、即座に消える。


そのまま柔らかな色を見せ、アカツキの言葉は続く。

「 彼の気持ちは、なんとなくだけど…。解るような気がする。
  そうさせてしまったのは、私の所為でもあったんだと思う 」

「 漫ろ言だ 」

空かさず、キュウゾウは言い放った。

「 ……うん。そうだね。でも、それは、私だって彼だって解ってる。
  解っていても、言わずにはいられなかったんだよ。
  私が…、そう、思うように… 」


あの沈黙は。あの鎮まりは。 拒絶や無関心などではなかったと…。
キュウゾウの中で蠢く違和感。


「 ねぇ。キュウゾウは、子供の頃のこと、覚えてる? 」

何を突然、と微かに頭を揺らせた。
首を傾げながら悪戯っぽく見上げてくる黒の瞳を、キュウゾウは伏せた眼で見つめる。

「 負けて口惜しかったことって、ある? 」

「 否 」

考えるまでもない、即答。

そんな覚えなど有りはしない。
刀を持ち始めた幼少ならいざ知らず、物心付いてからは、敗北など知らぬ。
全ては只の壁。それすらも揚々と軽く飛び越えて来た。
敵わぬ相手など、そう思わせる者など、自分には居ない。
… 少なくとも、剣に関しては …。

それが、どうだと言うのだ。
アカツキの言葉の真意を、キュウゾウは探る。




「 弱い者の気持ちなんて、解らない 」

ぽつりと。
零れたようなアカツキの呟き。
その声が、沈む。

「 だって。キュウゾウは、最初から強かったでしょう? 」

キュウゾウのなかに。自身のこころに。  アカツキが、潜る。




  強者は、弱者の視点には立てない。
  強き者は、弱き者の心理は解らない。


   |  強く儚い者 [中]  | Top↑

強く儚い者 13


13 赦す


アカツキの表情は、穏やかなまま。
声音は、いつもよりも僅かに落ち、その分、低く響いた。


「 負けたり、敵わないなって感じたりすると、すごく自分が弱い者に思えてくるの。
  相手のことが羨ましくて。悔しくて。諦めて。……憎くもなるの。
  そんな自分が嫌で、情けなくもなるの。
  キュウゾウは、そんなふうに思う必要が、なかったでしょう? 」

寡黙な男の沈黙が、肯定を表していた。

「 私も、あのコと同じだよ。憎んだりなんて事はないけど。
  キュウゾウに…。そう、感じたことがあるもん 」

一瞬、気が。 散った。
愕きの、色。

「 でもね、ヒョーゴ兄様が教えてくださったの。
  嫉妬は、憧れの裏返しでもあるんだって。強くなりたいと思う心なんだって。
  そしたら、すごく楽になれた。あの感情は、悪いものだけじゃないんだって 」

キュウゾウの発したものを、はね返しも受け流しもせずに、
アカツキは身に留め、さらりと微笑む。


「 私には、そう言ってもらえる人が居たから…。それに、相手がキュウゾウだもん。
  追うことに精一杯で、余計なことなんて考えていられない。
  でも、そうじゃない人も居る。
  彼もその一人で、どうにもならない感情を、私に打つけるしかなかった 」

告げられた、今初めて知った想いに、キュウゾウは駭然とする。
そして、それ以上に。 アカツキの最後の言葉が、障る。


「 …お前は、それを赦すのか 」

「 ……許す…? …そぅ、か…。そういう、感じ…なんだ…… 」

思ってもいなかった言葉を得たような表情を、アカツキはした。

「 でも…。そうだね。それで、少しでも彼が楽になれるんだったらとも思った。
  けど、最後に見たあのコの眼、とても辛そうだった。言った彼の方が… 」


火の紅の瞳に、翳りが生じる。

確かに自分には、弱い者の気持ちなど解らない。
アカツキの、そんな想いなど知らない。
だが、ヒョーゴの云う事は、理解できる。
信頼に値する者が、伝えた言葉だ。
大事に想う者へ。 アカツキにー。

そのアカツキが、いま言った事にキュウゾウは…。


「 アカツキ、お前のその考えはー 」

「 甘い? 」

解っていながら、そう云うのか。
キュウゾウの中で増す、違和感。

「 甘い綺麗ごとなんだと思う。でも…。
  それでも私は、ほかに気持ちを置く遣り方が出来ないの 」

黒の瞳が、目の前の翳りを映す。
更に濃く。深く…。


「 私は…人の感情が、恐い。その時の、自分の心に向き合うのが、恐い。
  甘いことを言って、綺麗ごとを追って。
  本当は…、其処から逃げているだけなのかもしれない 」


   |  強く儚い者 [中]  | Top↑
 | HOME |  NEXT