強く儚い者 17


17 記憶


キュウゾウの背に回された腕の力が緩み、小さな手が動く。
彷徨う指が、紅の衣をなぞって滑る。


「 さっきキュウゾウが云ったこと…。『無心』の言葉ね… 」

少女の声で、アカツキが呟く。

「 あの言葉。…… とうさまと、…… おなじだった…。
  ずっと昔に聞かせてもらって。私も真剣に聞いていて。とても大事なことだって、
  知っていた筈なのに。分かっていた筈なのに。…どうして……。
  思い出したりするんだろう。 忘れて、いたんだろう…。
  いままで、どこに、…… 在ったのかな… 」


「 お前の父は、サムライか 」

アカツキの頭の上にあった、キュウゾウの手の感触が。
その動きが止まっていた。

…………… わからない

動かぬものに、力が加わる。
白く細い指の先が、黒の髪を絡ませたまま、掌を包む。

「 アカツキ、お前はー 」


「 うちに帰ろう、キュウゾウ。兄様が戻ってくるよっ 」

囁くような低い声は、見上げられた明るい声に掻き消された。



夕焼けが、赤く。 彼方の空を染めていた。






キュウゾウに、ちゃんと伝えられたのかどうか、アカツキは解らない。
今さっきも、キュウゾウの言葉を、遮ったままになってしまった。
視界に映った空の赤に、地平線を、遥か遠い光景を思い出し、其処から戻り還る者が。
ヒョーゴの事が、浮かんだ。 戻ってくるんだと。
わざとそうした訳ではなかったけれど。
もう一度、キュウゾウが質そうした言葉を訊く事に、躊躇いがあった。

ちゃんと、向き合おうと。 伝えようと。 思っていたけれど…。
すぐには、全部は、無理なんだ。
でも…。今はこれで良い。 こうやって、少しずつ。 伝えてゆけば良いんだ。
ヒョーゴは、何処にも行かずに、待っていてくれると言っていた。
キュウゾウも…。 まだ、傍にいてくれる…。



そう思い、零れそうな黒の瞳が見つめるキュウゾウからは。
今日一日で知ったアカツキの、様々な言動に、知り得なかった想いに、
上手く自身を据え置く事の出来ない戸惑った気配が見て取れた。
最初にあった違和感が、全て晴れはしなくとも、薄らいでいるのが分かった。
アカツキに向ける、変わらぬ静かな優しい気が、感じられた。



夕日に染まった薄雲が、空に赤く広がってゆく。
風の色が、変わる。


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