Q夢想
侍7の9main
知らない言葉 5
当初の予定を大幅に超えはしたが、ようやく、ヒョーゴは仕事に区切りをつけた。
「おい、今日はこれで帰るぞ」
カンベエに、ひと声かける。
だだっぴろいリビングは、タバコの煙で充満していた。
机の上に置かれた何個もの灰皿には、山盛りの吸い殻。
「換気くらいしろ」
眉をひそめて、ヒョーゴは窓を全開にすると、すべての灰皿を器用に手に取り、
キッチンへと向かう。
空にした器と共に戻ってくると、ひと息つくように、カンベエがイスの上で両腕を上げ
伸びをしていた。
「コーヒーでも淹れてくれぬか」
「それくらい、自分でやれっ」
そこまで世話を焼いて堪るかと、そっけない態度の助手。
「1本もらうぞ」
元の場所へ戻し置いた灰皿のひとつを掴み取ると、ヒョーゴはベランダに出た。
遠く見える高層ビルの灯りの色を数えるように、ゆっくりと視線を昇らせながら、
夜空を仰ぐ。
今夜の月星も、キレイに瞬いている。
風から炎を守るように、両の手でライターを覆った。
「キュウゾウはどうしている」
咥えたタバコに火をつけると同時に、カンベエが尋ねてくる。
自分以外のモノが口にした、愛しい者の名が。 ヒョーゴの中で、揺らつき、くすぶる。
ゆっくりと吸い込んだあと、砲身を2本の指で挟んだ。
ひと呼吸おいて。
「眠っている」
吐きだす煙に混じり、呟くような声。
「アイツも子守りに疲れたか」
「………さぁな…」
ヒョーゴの手から、燻る紫煙。
ドアの開く音がした。
男たちの眼が、ソチラに流れる。
「起きたのか」
素早くヒョーゴは火を揉み消すと、手にしていたモノをカンベエに押しつけ、
キュウゾウの許へ向かう。
「終わったから帰るぞ。なにか飲むか? 顔でも洗って、目を覚ましてくるか?」
まだボーッとしているキュウゾウに、一方的にまくしたて、構いはじめた。
意識も、瞳も、唇も。こころなしか、髪の色さえも。 うすくボンヤリさせている。
なんの反応も見せはしないが、なにか行動を起こそうとはしているらしい。
キュウゾウが、洗面所のある方向に向かって歩きだす。
「キュウゾウ」
明るい、低音。 カンベエの呼ぶ声。
『 イイ夢は見られたか? 』
笑いを含むような、いつもと異なる言語。
男たちに見せていた、細い背が。 わずかにカタチを変えた。
「放っておけ」
振り向かれようとするよりも前に。
背後から、キュウゾウの肩を抱き。
「インスタントでイイな。冷ましておいてやるから」
「 ……ん… 」
跳ねたままの金糸を、ヒョーゴは撫でた。
自分以外のモノが眼にする、愛しい者の姿を。耳にしようとする、声を。
戯け者から遠ざけ、自分だけのモノとする。
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